進化を遂げる革靴の歴史 - どうして革靴は歴史から消えなかったのか

革靴の歴史は長い。
紀元前の頃から足の裏を革で保護するための道具として使用されたのが始まりだ。
今では目的は変わらずとも、ビジネスマナーや、ファッション文化として定着している。

何故、革靴はビジネスシーンの必需品となるまで広まり、スニーカーという圧倒的優位性の高い靴が生まれても生き残っているのか?

革靴の一大転機とも言える19世紀を中心に、革靴の歴史の変化をご紹介する。

革靴の転機 - 技術の確立で一気に成長

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革靴の誕生は紀元前。
当時はただ単純に足を地面から守るために動物の皮を使って作られていた。

皆さんが知っている・イメージするような「革靴」が誕生し始めたのは15世紀頃だ。
ラストと呼ばれる木型を使った製作手法が誕生し、効率的な量産が可能となったのをきっかけ大きな転換期を迎えた。

ミシンやプレス機の登場

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第二転換期となったのがミシンプレス機の開発が進んだ19世紀初頭。

多くの製作用の機械が誕生した。

ミシン、プレス機、フィニッシャーと今では欠かせない機材により、革靴の生産性を爆発的に向上させた。

また革靴の需要も高くなり、靴職人も増え独自の工房を持つ人たちも多くなった。

5大製法とされるマッケイ製法や、グッドイヤーウェルテッド製法など主要となる量産技術が確立されていった時代でもある。

革靴はなぜなくならないのか?

時代と共に物が進化していくように、靴にも変化は訪れた。

スニーカーやサンダルと言った機能・生産効率の高い製品が登場したし、スニーカーのセメンテッド製法は靴の大革命とまで呼ばれた。

これまで多くの物が利便性・生産効率を理由に、過去の遺物として消えていった。
しかし革靴は転機となった15~19世紀からほとんど変わらず、オーソドックスでありながらも現代に定着しているのはなぜか?

理由は革靴の歴史を辿っていくと見えてくるかも知れない。

革靴の歴史を動かし始めた「オリバー・クロムウェル」

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15世紀からラスト(木型)を使用した手法が使われているが、あくまでも手法の進化であって生産量が急激に増えた訳ではない。
革靴の歴史を大きく動かし始めたのは17世紀にピューリタン革命の指導者でもある「オリバー・クロムウェル」だ。

クロムウェルは、頑強で型崩れしないという理由で靴職人に4000足以上を依頼。
その後も定期的に大量の靴を発注していたという。
依頼先は、靴の聖地と呼ばれる「ノーザンプトン」であり、この依頼を理由に靴職人がノーザンプトンに集結した。

その後、集まった職人達は独自の工房を持ち始め、様々な製法も誕生した。

革靴を代表する職人たちが続々と現れる

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頑強な靴=革靴として作られ続けるが、増え続ける職人たちと差別化を図るため、ただ頑強なのではなく、作りに拘りを持つ職人が増えてきた。



素材に拘る職人、形に拘る職人、色味に拘る職人。



それらの拘りの靴を身に付けていたのが貴族達であり、あっという間に庶民の憧れの品となる。
革靴がファッションとして定着するのに時間はかからなかった。

迎える19世紀。
ミシン機やフィニッシャーなどの開発も進み、靴職人も比例して増えていった。
ファッション文化に定着させる天才職人たちが誕生する。

ジョン・ロブ、サルヴァトーレ・フェラガモ、アレッサンドロ・ベルルッティ。
彼らの名前は、後に高級靴ブランドとして知れ渡ることになり、これまで貴族達への憧れからブランドへの憧れと変化していく。
正に革靴の大転換期となった。

そして、今でも技術や思考は新たな職人達に継がれ革靴を成長させている。

まとめ

現在、革靴はオーソドックスで紳士的なイメージを残しながら、ファッション文化に定着した。
圧倒的な生産性・機能性を持つスニーカーの登場により、普段靴として使用される機会は減ったものの、歴史から駆逐されることはなかった。
古く昔から伝えられる手法で作られる革靴が生き残る。それは当然のことなのかも知れない。

革靴の歴史の変化は貴族・ブランドへの憧れを生み出した「拘り」によるものが大きい。
拘りを持って作られ続ける限り、革靴がなくなることはないだろう。